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福岡高等裁判所 昭和36年(ラ)70号 決定

抗告人 池田マサノ

主文

原決定を取消す。

本件を熊本地方裁判所に差戻す。

理由

本件抗告理由の要旨は

(一)  原決定は「境界確定の訴は相互に境を接する当事者間においてその境界を定めることを目的とする訴であつて、相互に境を接することのない当事者間においては訴の利益を欠くものとして訴の却下を免れないものと解すべきである。申立人(本件抗告人)の境界確定の訴もこれを維持するにおいてはこれと同一の帰趨を見たであろうことは申立人の前記主張並びに審理の結果によつて明らかである。そこで裁判所に釈明を求められた結果、申立人は境界確定の訴を所有権確認の訴に交替的に変更したことが窺われる云々」と判示しているが、抗告人は当初裁判長より訴の変更を求められた際、訴の変更により事件が継続しないことになるかどうかは訴訟費用の負担に影響すると考えたからたやすくこれに応じなかつたのであるが、境界確定の訴を所有権確認の訴に変更しても、事件は継続するからとの裁判長の言を信じて遂にこれに応じ訴の変更をなしたものであるところ、被控訴人は字境さえも越えて抗告人(控訴人)の所有地である本件係争地が自己所有地に含まれるものとして右係争地の内立木を伐採したため、本件訴訟となつたものであるから明かに抗告人所有地と被控訴人所有地とは境を接しているものであり、抗告人が、第一審において敗訴したのも右両者が、境を接していないからと云うのではなく、抗告人の主張立証が不十分であるとの理由からであつた。従つて原決定において前記の如く抗告人所有地と被控訴人所有地とが、境を接していないから訴変更前の本件訴が、当然却下を免れないものとし、訴の変更により変更前の旧訴である境界確定の訴は取下となり、事件が、継続しないものと判断されたのは誤りであつて、到底承服し難い。以上の如く訴変更の前後を通じて本件本案事件は継続しているのであるから控訴審においては右訴変更の前後を問わず第一、二審を通じて訴訟費用の負担につき裁判をなすべきである。

(二)  原審においては抗告人の申立を民事訴訟法第一〇四条による訴訟費用額確定及びその負担を命ずる裁判を求むるものとして、抗告人に対し右申立の補正を命じているが、抗告人は右申立により、訴訟費用の負担についての裁判の脱漏ありとして、該脱漏部分につき裁判を求めているのであるから、右補正命令の趣旨を理解納得し得なかつたので、これに応じなかつたものであるところ、これを理由に抗告人の申立を却下した原決定は失当である。

よつて原決定を取消し、右脱漏部分につき「訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との裁判を求める。

と言うに在る。

よつて按ずるに抗告人が本件の本案事件の控訴審において交替的に境界確定の訴を所有権確認の訴に変更し、相手方である被控訴人においてもこれに異議がない旨陳述したことは一件記録に徴し明白であるところ、かかる場合旧訴である境界確定の訴が、右変更により取下の効果を生ずるものであることは原決定において説示するとおりである。(尤も右効果は主張並びに審理の結果、当事者双方の所有地が、境を接していないことが明かとなり、右訴の変更を余儀なくされたか否かにかかわりがないのであつて、この点に関する原決定の説示は単に本件訴の変更が交替的になされたものであることを明確にするため、右変更に至つた経緯を記述したに過ぎないものと解される。)従つて右取下げられた旧訴につき判断をなす要なきこと論をまたないところであるが、請求の基礎に変更がないものとして訴の変更が、許されて訴訟が進行した以上、旧訴と新訴とは実質上同一事件若しくはこれに準ずる密接な関連事件である(殊に本件においては本件係争の実地が訴提起以来一貫して変つていないことが、一件記録上明白である。)と共に、訴訟手続の進行自体としても訴変更の前後を通じて継続して行われているものであるから、かかる意味において旧訴と新訴とは訴訟事件としては継続しているものと観念することを得べく、而して民事訴訟法第九五条が一部判決又は中間判決のなされた場合、訴訟費用については原則としてその後の結末判決において一部又は中間判決部分の訴訟費用を残部の結末判決部分の訴訟費用と併せ、その全部につき裁判をなすべき旨定めている趣旨並びに同法第九六条が、控訴審において本案の裁判を変更する場合は第一、二審の訴訟の総費用について裁判をなすべき旨定めているので、控訴の一部でも認容されるときは第一審の訴訟費用の裁判は当然失効するものとされるのであつて、これと同様に控訴審において訴の変更があり、原判決が、失効した場合も第一審の訴訟費用の裁判が失効するものであることを参照して考察すれば、控訴審において交替的に訴の変更がなされた場合、変更後の新訴についての判決において第一審以来の旧訴に関する訴訟費用についても裁判をなすべきものと解される。然るに本件の控訴審の判決は右訴変更前の旧訴の訴訟費用については裁判をなしていないからこの部分については裁判の脱漏があるものと言わざるを得ない。

然るに原裁判所はこの点につき判断を異にし、旧訴は取下により終了したものであるから訴変更後の新訴に対する判決をなす際は、旧訴の訴訟費用につき裁判をなすべきではないとの見解に立ち、右の如き控訴審の判決をなしたので、抗告人が、昭和三五年二月二七日付(同年一二月六日受付)「異議の申立」と題する書面を提出し、明かに右裁判の脱漏を指摘して該脱漏部分につき裁判を求めたに拘らず、これを民事訴訟法第一〇四条による訴訟費用額の確定及びその負担を命ずる裁判を求める申立書と曲解し、抗告人に対し補正命令を発し、該申立書に関する右解釈を明示すると共に、右命令送達の日から三〇日以内に同条の準用する同法第一〇〇条第二項所定の書類を提出して右申立書を補正すべき旨を命じ、抗告人が、これに応じなかつたので、右申立を却下したものであることが、控訴審の判決正本、原決定原本その他一件記録に徹し明かである。

ところで脱漏された訴訟費用の裁判につき、更に裁判を求める申立をなすには民事訴訟法第一九五条第二項第一〇四条第二項第一〇〇条第二項により同法第一〇四条所定の申立と同様費用計算書及びその謄本並びに費用額の疎明に必要な書面を提出することを要する。原決定は抗告人がこれらの書類を提出していないので、仮りに控訴審の判決において訴訟費用の裁判を脱漏したものと解すべきであるとしても、右申立は却下を免れないと判示しているが、前記の如く右補正命令に抗告人の本件申立を民事訴訟法第一〇四条による申立と解釈した趣旨が明示せられ、而も同条により取下によつて終了した事件の訴訟費用につき裁判をなす場合、原則として取下者の負担に帰すべきものとされている以上、抗告人において右補正命令に従い得なかつたのは無理からぬことと考えられ、原裁判所において右の如き誤断及びこれに基く措置なかりせば抗告人においても右補正命令に従い脱漏部分についての裁判がなされたであろうことが推測されるのであるから、抗告人が、右補正命令の定める期間内にこれが補正をなさなかつたことを理由として直ちに右抗告人の申立を却下した原決定は失当であつて取消を免れない。

よつて、民事訴訟法第四一四条第三八九条に従い主文のとおり決定する。

(裁判官 相島一之 池畑祐治 藤野英一)

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